これからお話しするのは

「人を信じることができないと、人から信じてもらえない」

 

というお話をしたいと思います。

私がビジネスが全然うまくいかなかったとき、私がいわれたことです。

私は大阪、京都、奈良の県境にある枚方市(ひらかた)という

静かで、たくさんの田んぼや畑がある町で生まれ育ちました。

安部ありさといいます。

私は、いま初めて完全オーダーメイド型の起業スクールを運営しています。

 

私はそこで女性起業家に向けて、起業をして自由になることをお伝えしています。

女性が働いてキャリアを持てるようになったのは

この地球の何億年の歴史の中でここ30年ぐらいで

結婚して、子供を産んで社会復帰することは

まだまだ、多くの問題が残っています。

産後、保育園に入れず社会復帰できなかったり。

子供が体調崩して休まなければいけない時にも

容赦なく仕事がやってきたり。

これまでの常識では、キャリアか子育てかどちらかしか選べない!

そんな女性のために、

キャリアを持ちながら時間も手に入れれる起業のスタイルをご提案しております。

女性起業家業界ではめずらしい

収入の入口を増やすために、無料集客から指導し

女性で年収1000万を可能とするビジネスモデルを教えています。

この1年間でのべ、200人以上の女性起業家の販売戦略の支援をし、

商品がない状態から、ゼロから商品設計をし副業から、

独立するまでサポートをさせていただいております。

個別指導、グループ講座、集客支援、販売支援と

日本では私のスクールにしかない、

完全オーダーメイドの起業スクールです。

どこでも教えていないので

他では学ぶことができません。

なぜかというと、たくさんの女性起業家の講座を渡り歩きました。

総額200万円をこえました。

しかし私が満足できる指導方法のスクールは1つもなかったのです。

ないなら、私が作ればいい!そう思ってスタートしたのが2017年の6月のことです。

 

普通の女の子でした。

 

私は大阪と京都、奈良の県境にある

枚方という町で生まれました。

子供のころはとても人見知りで

お母さんがいないと、いつも泣いているような子供で

4歳ぐらいの私の口癖は

『ありさちゃん、小さいからできない』

『ありさちゃんは小さいからそんなこと知らなくていいの 泣』

と一つ年上の姉の背中にいつも隠れていました。

 

私は4人姉妹の次女として育ち

1つ離れた姉

5つ下の妹、7つ下妹の真ん中。

けっして子供のころは活発な性格ではなく

比較的おとなしくて、お友達もたくさんいない。

勉強も人の何倍も理解するのに時間がかかる。

母はいつも、『泣かずに学校にいってくれたらいい』

そう言って、いつも私を気にかけてくれていました。

 

私が12歳の時、両親が離婚して

女5人の生活になりました。

母はとても一生懸命私たちを育てるために働いてくれ

家事は私と姉で分担して

3女は末っ子の面倒をいつも見ていました。

小学生のころから料理をするのが大好きで

母が毎日帰宅が遅かったこともあり

毎日家族5人分の食事を担当していました。

母の帰りが遅くても寂しい思いをしなかったのは

姉妹がいたおかげだと思います。

 

高校入ると性格も明るくなり、どこにでもいつような今どきの女のコでなっていました。

高校2年、3年と学年が上がるにつれて近くなる将来について。

高校3年生の時、進学について母と衝突をしました。

母の希望は『看護師になること』

母は看護師の資格を持っていて、その当時姉が看護の専門学校に通っていたこともあって

強く、私にも手に職を!と言っていました。

しかし、私の希望は栄養士になりたい。

中学生のころから、家族の食事をつくり

料理を作ること、栄養の知識をつけることに興味があったのです。

母からは、栄養士になったところで就職なんてない

だから、看護師になりなさい!と大喧嘩になりました。

今でこそ、母がなぜそこまで看護師の資格にこだわったのか理解できます。

女性で自立して男性並みにお給料がもらえる。

女性が多い環境だから、子供が生まれても社会復帰しやすい。

子供を育てながら、働いている女性がたくさんいる。

ですが当時の私には理解することができず

看護師の専門学校にも行かず、栄養士の専門学校にも行かない

自分が選択した道じゃないなら、行かなくていい

そして、高校を卒業しフリーターの道を選びました。

この判断が後々大きな後悔につがなりました。

社会にでてお金をもらうことの大変さ

 

2年間アパレルメーカーでバイトをしました。

子供のころから働く母親の姿を見ていた私は

女性でもキャリアを持ちたい。そう思っていました。

アパレルの仕事は大好きでしたが

華やかな世界に見えて過酷な労働、安い給料。

とても女性で経済力があるという環境ではありませんでした。

そして、わたしはフリーターから就職をすることにしました。

金融業界の営業職

やればやるほどお給料が増えました。

資格も学歴もない私でしたが、

営業職だけは、自分の頑張りを数字で評価してくれる。天職だと思っていました。

これなら、経済的な自立ができる。そう思い期待された目標達成のため

朝から晩まで一生懸命働いていました。

仕事に対してのやりがい。

お客様からの感謝の気持ち。

上司からの期待に応えたいと一生懸命でした。

しかし、ここでも学歴で悔しい思いをたくさん経験しました。

わたしの部署は半数が新卒採用でした。

明らかに、高卒の私への待遇と、新卒採用の待遇が違いました。

そこで初めて、学歴が今後の人生に大きく差が出るんだと後悔しました。

とても、悲しくなりました

 

それでも、成績で結果を残せば。きっと認めてくれる

一生懸命働いて、支社1年目のトップになったこともありました。

それでも、やはり新卒というだけで出世しやすい環境がありました。

自分は一体何をしたいんだろう

20代前半の私は悩んでいました。

30歳になったら女終わり

 

まわりの先輩を見たときに、30歳まで仕事を続けている人は

ごくわずか。1人か2人

夜遅く、土日も契約をもらいに行くため休みがないため

結婚したら、退職する人がほとんど。

30歳でキャリアをとり、働いている人はお局扱いされ、ないがしろにされていました。

私、このまま30歳になったらどうなるんだろう。

結婚して子どもを産んだとしたら

『○○ちゃんのママとか、○○さんの奥さん』

って言われて名前が無くなるのかな?

30歳になったら、お局扱いされてないがしろにされるかな?

20代前半の私には30歳になるのが恐怖でした。

30歳になったら女終わり。

その不安な思いを上司にぶつけました。

そして言われたこと。

『今のアリサに若さとったら何が残るの?』

30歳までは親に作ってもらった顔

でも30歳からは生き方が顔に出るよ。

だから30歳になったときに中身のない大人になりなや。

大きく心がうごきました。

今の私に若さとったら何が残るのだろう。

今のまま、この会社に残ったとき

『安部よくがんばったという言葉と、疲れ切った体』しか残らない。

ようやく、働き方を変えたいと思いました。

同じ年の友達に比べたらお給料はいいでも休みは全くありませんでした。

たった1日の有給休暇の申請も

ものすごく神経を使い、上司の顔色をうかがわないといけない。

もっと自由な生活、すきな仕事はないのか?

必死に考えました。

起業への道

 

そして一人のエステサロンを何店舗も経営している女性社長と出会いました。

自分でビジネスをしないと一生時間なんて、手に入らないんだよ。

その方も、24歳でビジネスを立ち上げすでに15年がたっていました。

年に何回も海外に行き

時間にもお金にもゆとりがあり、本当に素敵な人生を送っていました。

私は悩んだ末、自分でも稼いでいるけるための
ビジネスの勉強をし始めました。

人生で初めての寝不足で倒れるくらい必死でビジネスの勉強しました。

 

 

その社長さんは私にビジネスのイロハをすべて教えてくれました。

そこから、その社長のサロンに土日だけアシスタントとして働き、経験を積みました。

1年間、アシスタントで経営を学び24歳で独立しました。

ビジネスオーナーにあこがれていた

私は自分の店舗を出して2か月目でFCを仕掛けました。

あっという間に4店舗FC自店舗も入れると5店舗ありました。

あこがれて、あこがれて夢見た起業だったのに、

自分の器が足りず、頑張っても頑張っても売り上げが上がらない時期が2年半続いたのです。

カードショッピングMAX200万円まで膨れあがり、

毎月1万円つづ、リボ払い。

お金がないけど、お金ないなんていえない。

本当は逃げ出したい気持ちでいっぱいなのに、

起業なんて無理だよ!、やめたほうがいいよ!

と言ってきた友達や家族に

『ほら、みたことか。』と言われるのが嫌で。

カードショッピングMAX200万円まで膨れ上がった借金を

夜な夜なアルバイトに出かけながら、生計を立てていました。

 

 

そんな時、お母さんにカードのリボ払いを知られてしまい、

泣きながら、『ビジネスはやめてほしい。』

『お母さんの最大の後悔は、わたしのお父さんと結婚したこと。そして、ありさをビジネスさせたこと』

そういわれたときは、胸が張り裂ける思いでした。

お母さんを楽させたい、親孝行したい、

そう思って始めたビジネスだったのに。

毎日毎日。ビジネスがうまくいかない自分

そして、こんな状況がいつまで続くのかわからず、
泣いてばかりでした。

そしてある経営者との出会いで
私の本気のスイッチが入ったのです。

 

その経営者に言われたこと。

うまくいきたいなら、うまくいってるひとのマネをすること

経営者、ビジネスでうまくいっている人にたくさん会い
話を聞き、とにかくうまくいっているとゆう人の言うことを徹底的にまねていきました。

自分のプライドや、考えをすて、すべて実行していくと簡単に
売上は回復していきました。

1店舗も5店舗作るのは簡単。ノウハウ手法をまねるだけだったのです。

それから、ビジネスって楽しい!
に変わっていき
新しいチャレンジを続けていったのです。

その経験から、30歳で東京に上京し

新しいビジネスビジネスパートナーと一緒に

貿易ビジネスを始めて年商80憶もの売上をたたき出すことに成功しました。

変化と成長

 

2017年
私は、SNSで起業サポートを始めようと思ったきっかけ。

貿易ビジネスをやめ、海外で半年間過ごしていた時、

いつも何気なく見ていたSNSで女性起業家がビジネスをしている。

女性が起業を目指すなんて、本当に素晴らしい。

私が、ビジネス初期の時に、ノウハウがわからず、

たくさん失敗して苦しんだ経験があるから、

過去の私のように起業初めてうまくいっていない人を救いたい。

そんな思いから、SNSの起業コンサルをはじめました。

3か月で月商7桁。

そんな投稿を毎日見ていました。

私もすぐに100万円の売上を出せる。

そう思っていたのは浅はかでした。

自分でリサーチをして、やってみるものの、

全く集客ができない。

私のコンサルが売れないとゆう問題がありました。

何かちがう。

何がちがうの?

何がちがうのかわからない情況が続き、

ついに女性起業家の3か月40万円もする

期待して認定講師コースを申し込みしました。

しかし、新味になって二人三脚でビジネススキルを教えてくれるわけでもなく

小手先だけのノウハウ。

コーチングに、自分の資質診断を教えてもらったのみで

肝心の発信力、仕組み化方法は学ぶことができなかったのです。

4か月あっとゆうまに過ぎ去りました

そんなことを言ってもお金が返ってくるわけではない
切り替えて、できることを全力でやっていましたが
モヤモヤした日が続きました。

私、まけない!!!

ゼロからSNSで商売するとはどういうことなのか?

学びに出かけました。

私にはされなる追加追加投資が80万ものが必要でした。

正直、恐い。

このお金を払って、また私が欲しい情報ではなかったらどうしよう。

中身のないノウハウだったらどうしよう。

そう思っていたのですが、

『人を信じられないと、人を信じさせることができない 』

『人を好きにならないと、人から好きになってもらえない 』

私の師匠はいつもそういっていました

その言葉一つ一つを思い出し

とても私の心を動かしたのです。

そしてその方のおしえどうり100%やりきろう。そう思いました。

やり切った結果。

2017年6月から、オーダーメイド起業スクールを運営して利益で2000万をこえました。

Mission

 

『人を先に。 自分をあとに』

私を、自分を必要としているが女性は必ずいる。

そして、私の次のチャレンジは

2018年もっと稼げる

女性を増やしたいとゆうこと。

私が起業初期大変だっからこそ

女性が起業を進める難しさも実感しています。

今、お金がなくてもやって

友達から反対されて。

応援してくれた友達は、わずかひとりだけ。

女の友情なんて嘘だなっておもってました。

SNSはリスクなく誰でも簡単にスタートさせることができる。

ですが現状、SNS起業女子の

5%しか生活できるレベルにまでの収入に、達していません。

私は今まで色々なビジネスをしてきましたが、

SNSで無料集客することは

こんなに簡単に

早く収益化できるビジネスモデルはSNSを活用するしか他にはありません。

SNSを使えば、誰でも必要な作業をすれば

月100万までの売上はかんたんではありませんが

難しくはありません。

女性は男性のように、体力もない。

女性は、結婚や出産すると、思うように働けなくなる。

親が体調が悪くなり入院となると、

女性が動かなければいけないシーンがたくさんあります。

そんなときに、いつも情報発信し続けていられない。

そう思ったのです。

SNSはかんたんにはじめられるツール

だからこそ、かんたんに辞めることができます。

せっかく未来を変えたい。

マインドばかりで中身のないノウハウで

結果が出せず悩んでいるなら、

私と一緒に成長していきませんか?

私のスクールでは。

これまで起業塾に2~3個通い1円も稼げなかったのに、

2か月目で30万40万かせげる女性がでたり。

独学で頑張っていた、主婦で、子育てママでも半年で100万

稼げるようになったり

スクールに入って、3か月目で売上100万達成されたり。

ありささんに出会えてよかったとたくさんのスクール生にいわれました。

私にとって一番うれしい言葉でした。

本当に、本当に暖かい、暖かい、メンバーが集まってくれたな

そう思います。

私は、絶対にスクール生を裏切らないし、

相手がこんなもんだろうと思っている、うえの上を行こう。

いつも心にとめています。

2018年、年収1000万をめざす、スクール生のために

私も新たなチャレンジ、

発信も、投稿もやって、認知度を上げていきます。

2018年も安部ありさをよろしくお願いいたします。